2007年09月12日

果物かごだけの絵

「果物かごだけの絵」★7
請負場所:アムステルダム
必要スキル:探索4 美術6 イタリア語
発見物:果物かご(装備品「絵画鑑定術」獲得)
作者:カラヴァッジオ(カラヴァッジョ)

お久しぶりでゴザイマス。
本日はカラヴァッジオ。(本日は、とか言ってみたかったんですすいません)

このカラヴァッジオという名前は本名ではなく地名です。
本名はミケランジェロ・メリシ。レオナルドと同じく出身地がそのまま通名になっているパターン。

えーと好きです。
ですが、家の壁にはかけたくないなあ。

カラヴァッジオも作品以上に本人のキャラクターが立ちすぎているタイプです。
しかし同じくスキャンダラスな画家であるリッピにあるような愛嬌が、カラヴァッジオにはありません。

cara01.jpg

前科者


右手に絵筆、左手に剣、といった無頼っぷりで実際に殺人罪で追放投獄脱獄などされています。
その絵筆はその逃亡生活の間もけして止まることなく傑作を残し続け、彼を生かし続けます。
しかし彼の剣もまた止まることなく、ささいなことで決闘や斬首刑(!)を呼び寄せていきます。
その作風は極端といえるほどに生々しく、かつドラマチックで、映画のような強烈なコントラストと、緻密で挑戦的な技巧や解釈、構図を持ちます。
そして背徳・退廃・背信・裏切り・エゴなど人間の「負」の部分を、不快感を覚えるほどに強調された人物達の
それらはけして美しさに置き換え可能な崇高な「闇」などではなく、できることならあまり見たくない、見たらげんなりするような、やりきれない「負」です。
誰もができれば見たくないなーとスルーしているようなことを、オラオラ!とばかりに、ご丁寧にも聖人聖女として描くこのひたむきな悪趣味!

cara02.jpg

噂はおそらく本当。
この絵に描かれたマリアはモロ死体です。

死体すぎ

足とかちょっとグロ画像の領域。



カラヴァッジオはそれだけでは飽き足らず、絵画の解釈と役割までをも、その自身の暴力的な才能と天才の技巧をもって破壊しようとし続けました。
少年のように世界に怒りを抱え続けて、カラヴァッジオは絵を描いていたのでしょう。
そしてその生涯は行き倒れ同然の、海岸で遺体を発見されるという終わりかたをしています。
このときカラヴァッジオは37歳でした。

何を描くか、何故描くか。
芸術家の普遍のテーマと思われるこの問いに、この静かで端正な「果物かごだけの絵」で、西洋で初めて明確に答えを吐いた画家。
それがカラヴァッジオです。

【クエスト ★7以上の最新記事】
posted by 日商岩井 at 05:51| Comment(18) | TrackBack(19) | クエスト ★7以上 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月10日

ひっそり

(n゚Д゚)n<ヨハネスも来るぞー
「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展

これ、面白そうですね。
絵を読み解くための雑学的知識欲をいい具合に満足させてくれそうです。オウムはえろいんだってさ。

トプカプ宮殿の至宝展
こっちも面白そう。

というわけでひっそり復帰。
商会のみんなにテノチ連れてってもらったの。

dance.jpg

手桶は消火だっけ?とかいうとんちき具合ですがまあぼちぼちいきましょう。

美術クエはニケが追加されたようですね。
これはやりたいなあ、どれどれふむスキルはいけそう…って前提トロイかよ!
広島よろしく!
posted by 日商岩井 at 02:12| Comment(0) | TrackBack(15) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月11日

あけましておめでとうございます。

(n゚Д゚)n<レオナルドが来るぞー

「受胎告知」日本初上陸!

2006は実はひとつも美術展見に行きませんでした。
いかん、いかんね。ジャクチューもボストン美術館の肉筆浮世絵展も見てない。
2007は混雑にめげずに目を肥やしに行きたいものであります。
posted by 日商岩井 at 19:52| Comment(3) | TrackBack(1) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月30日

社交的な画家

「社交的な画家」★7
請負場所:マルセイユ
必要スキル:探索7 美術9 開錠7
発見物:キリスト昇架(紋章「クロス」獲得)
作者:ピーテル・パウル・ルーベンス

さてビッグネームが続きます。
ルーベンス、フルネームをピーテル・パウル・ルーベンス(Pieter Paul Rubens)。

・・・実はあんまり好きではないんですよねルーベンス。
いや作品は好きですが、どうもその光に包まれた人物像があまり好みではない。
バロックの頂点にして本質と言われ美術史における功績もすばらしく、作品数も記録にあるだけで1200オーバーと多作で、人望と理想にあふれ、宗教革命や内乱など暗い世相の絶えなかった当時の北ヨーロッパで、イタリアルネサンスで自ら学んだ明るい色と筆遣いをもって和平外交に勤めた偉大な画家。日本ではフランダースの犬で、ネロが命と引き換えにまで見たがった絵画の作者として有名でしょう。あとすごいモテてたらしいよ。貴族の奥様の愛人になって逮捕されたり、後に15歳下の嫁もらって超ラブラブで絵に出てくる美人はことごとく嫁がモデルとかね。別に僻んでるわけじゃないよよよよよよ。

rubens.jpg

しかし、この↑損傷した絵画の作者は誰だったんでしょう。
ざっと調べてもみつからないんですが。
この人実は面目丸つぶれじゃないッスか。ねえ?

と、ルーベンスでググればこのへんのエピソードはもりもり出てくるのでバッサリと省略。
北フランドルならボッス出してよボッス。


しかし作品は大変に好みです。作者と作品の評価は常に車の車輪のように対であってもあくまで別物でなければいけません。わたくしの僻み根性は芸術の前では割とどうでもいいのです。ルーベンス、エル・グレコらによって形成される「バロック期」の絵画は、革新性と実験性にあふれ、芸術の本質と役割を思い起こさせます。ではそのバロックとはなんぞや?書庫では「歪んだ真珠」っていう意味らしいよ?とか言われますが、だから歪んだ真珠ってなにさ!

<飛ばしても可>「バロック様式は、カトリック信仰の再強化、絶対主義国家の成立、新たな役割を果たす科学など、その時代を以前の時代から区別する基本的特徴の一つとして考えられるべきであろう。」(H・W・ジャクソン、A・F・ジャクソン著 木村重信、藤田治彦 訳『西洋美術の歴史』創元社 2001年</飛ばしても可>



うっせーよ、わかんねえよ、ということで、私なりのバロックの解説と解釈を延べていくことにします。
正しく美術史を学んだ人は待てと言われるかもしれませんが待たないそんな俺パンク。
アナーキー・イン・ザ・夕景。
anarchy.jpg
我ながらアナーキーすぎる。


バロック以前まで絵画は「型」が厳密な芸術でした。構図、モチーフ、色と全てにおいてその解釈、用法が決められていました。これはアレです、美系は正義、デブは大食い、足りない子供は鼻水たらす、といったような類型的な漫画表現のようなものです。てか、こっちがオリジナルというか人間昔っから考えることは同じですね。その厳密に固定されていた時代があってこそ、黄金率や象形学なども生まれてくるわけですが、その殻を打ち破り始めたのがバロック期の画家たちです。
それまで、額縁の中で完成した世界であった絵画ですが、ルーベンスやラ・トゥールらの絵は額縁の外、また同時にその描かれたシーンの前後の存在を感じさせます。彼らの絵は大きく躍動するその動きのワンシーンであり、360度パノラマ(たとえそれが室内であっても)のうちのワンカットです。ルーベンスは宮廷画家として長くすごした事もあり、モチーフは神話や宗教が多いですが、それまで血肉の通わないシンボルとして額縁に詰め込まれていたキリストを、神々を、聖人を解放しました。
イエスは痛ましいほど白い肌を持つ男として(妙に筋肉質ですが、これは人体を正確に描きたい!という当時の流行り&画家の欲でしょう)、ヴィーナスはぽってりと下腹に脂の乗った肉感的美女として描かれます。しかもそれらのまわりには草が生え、風がうなり、人物たちの服や髪はその風に吹かれてのたうっています。
その躍動感はそれまでいかにも無風のアトリエに座っていた、髪もなびかない絵ばかり見慣れた当時の人々にはどう見えたでしょう。
整ったものに突如投げ込まれたリアルな躍動感。それはグロテスクなほどの衝撃だったことでしょう。
また画家たちの俺UMEEEEEEEEEEEエントリでもご紹介したように、絵画のテクニックというものが天井知らずに上がり続けていた時代。悪趣味と紙一重なほどの装飾、描き込みはどんどんその厚みを増し、見るものを圧倒させたことでしょう。

真珠はその真円が美しいとされます。しかし歪んだ真珠を目の当たりにした人々は、驚きながらも、場合によっては悪趣味だグロテスクだと攻撃しながらも、それが真珠である以上、やはり美しいものだと認めざるを得なかったのです。それがバロックという歪んだ、けれど美しい真珠の正体ではなかったのでしょうか。

posted by 日商岩井 at 00:45| Comment(3) | TrackBack(0) | クエスト ★7以上 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月15日

画商が描いた絵画

「画商が描いた絵画」★8
請負場所:ヴェネツィア
必要スキル:探索6 美術8 オランダ語
発見物:レースを編む女
作者:ヨハネス・フェルメール

いっこ前のエントリが年始挨拶なのは気にしない。
じつに半年ぶりですが、何事もなかったかのようにフェルメールです。

最も好きな画家の一人です。もし将来大金持ちになって名画を一枚買うとしたら、フェルメールの小品をひとつ、さりげなく家の壁にかけてみたいものです。ダヴィンチからスザンヌ、ピカソに続く画家をアグレッシブで情熱的な赤とするなら、フェルメールは後世のミレーやモネに続く、静謐な青の画家と言えるでしょう。
そう、青と言えばフェルメール。

fel1.jpg

地下鉄とかで見た事ありませんか。

この「真珠の耳飾の少女」(香辛料取引+2とかすぐ考える)でこの少女の巻いているターバンに「フェルメール・ブルー」が使われています。これは当時非常に高価な絵の具で、ラピスラズリ(青鉱石カットの小成功でできるアレ)を粉末にし、植物油でのばした青。つまりこの青は宝石の青。そら高価な筈です。フェルメールはこの青を惜しみなく、借金してでも惜しみなく、自分の作品に使いました。

他にもフェルメールは「カメラオブスキュラ」という当時最先端の光学技術であったピンホールカメラを制作補助として使用していました。この「レースを編む女」でもその手法がとられています。
それがどのように影響しているかは、以下の2作品を見比べてみてください。
上はファン・エイク「宰相ロランの聖母」1435頃
下はフェルメールの「天文学者」1668
です。

eyck.jpg

息苦しいほど明るく遠くまで見えるファン・エイク


 fel2.jpg

薄暗いのに重苦しくないフェルメール


並べてみると一目瞭然。
ルネッサンス、ビザンティンの作品は細部までピントがばっちりあっていて、隅々まで光のあたる「神の眼」です。人間は背景の葉っぱ一枚一枚とその手前にいる人物を同時に見ることはできません。視界には入っていてもそれぞれのディティルを同時に「見る」ことはできないのです。
フェルメールの絵は、対象物以外の背景は軽くぼやけ、モデルの存在が浮き上がるように描かれています。窓から入る光(この左側に窓、という構図もフェルメールの特徴です)のみを自然な照明として部屋の風景、人物がとらえられています。
今ならなんということもない技法ですが、これは写真のような遠近感、すなわち絵に描かれた「人間の眼」の一瞬、なのです。前景に描かれた刺繍糸や、背景の柔らかく照らされた壁のタッチなどは200年後に登場する印象派をも彷彿とさせます。
この画期的な「レースを編む女」は実は4号(24x21cm、CDジャケットをちょっと大きくしたくらい)ほどのごくごく小さな作品です。フェルメールは小さめの絵が多いですが、これはそれらの中でも最も小さい作品です。

美しい時間、美しい光、物と人と仕事の美しい関係を優しく切り取ったかのようなこの絵に描かれているのは、神話の女神でも美姫でもなく、フェルメールが生涯のほとんどを過ごしたネーデルラントはデルフトの一人の女性です。
美術史における、イタリアルネッサンスとその後の違いはここに最も出ています。
芸術は権力者の俺SUGEEEEEEEEツールから徐々に抜け出し、画家たちは描きたい物を描きたいように描く、という当たり前の事に手をつけ始めます。物語の挿絵でなく、絵そのものが物語を内包し始めます。このモデルの女性はどんな人だったのでしょう。フェルメールとはどんな関係にあったのでしょう。モデルとの関係を示す記号的なものも描かれておらず、あくまで静かで穏やかなタッチは、むしろその後ろにあるものへの想像力をかき立てます。なんだろうなあ、姪っことか。近所の気だての良い娘さんとか。秘めた恋心をぐっと押さえて、なんてのもロマンチックでいいですね。妄想スキルがぐんぐんあがります。

フェルメールは作品も少なく、その生涯はほとんど記録がありません。後には「忘れられた画家」などと言われる始末です。後世から見てみれば北方ルネッサンスの一翼を担う画家であるのに、この記録の少なさはやはり貴族階級や教会の絵を描いていなかったためでしょうか。当時のヨーロッパは王家や権力者、大教会に関わる物はことこまかに記録されています(嘘誇張伝説推測含む)が、市井の人々に近い画商など、記録するに足りないことであったのでしょうか。多分、そうだったのでしょう。けれど時代は少しずつ、大貴族や権力者でなく、名もなき市民たちが動かすものになってゆきます。特にネーデルラントは商人の国。生まれはなくとも、自らの才覚で富を築いたものたちが、徐々に国を動かしていくのです。フェルメールはそんな市民の中から生まれ、その作品は市民たちの家の壁にかけられるためにこそ描かれているのです。


余談。
スペインの奇才、サルヴァドール・ダリはこの絵をいたく崇拝していました。その崇拝のあまり、「レースを編む女」のレプリカを動物園(何故)に持ち込み、サイに見せ(何故サイか)自分も全裸で水に浸かって(だから何故)絵を描くというパフォーマンスをしたことがあります。ダリ曰く「偉大な絵は芸術家が暗示するだけで、目に見えない大きな力を感じ取ることができる。フェルメールの「レースを編む女」に私はそれを発見した。この娘の持つ、目に見えない針を中心に、宇宙全体が回っていることを私は知っている。」だそうです。ダリの言ってることと意図は全くわかりませんが、わからなくていいと思います。その割にはこういうの描くのな。

ダリがフェルメールへのオマージュを込めて描いたとされる
「フェルメールの『レースを編む女』に関する偏執狂的=批判的習作」
posted by 日商岩井 at 15:37| Comment(18) | TrackBack(3) | クエスト ★7以上 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月12日

遅い挨拶

おくればせながらあけましておめでとうございます。

bana.gif
商会のページができました。

ナポリ1番商館イギリス東インド会社を
本年もよろしくお願い申し上げます。
posted by 日商岩井 at 16:57| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月16日

アップデートわきゃわきゃ

モナリザ、きましたね。岩窟の聖母が前提?のようです。
美術地図も追加されたようですが、開錠つき…
スキル持ってすらいませんのでコバンザメ確定です。ちょっとションボリ。
ボルドーのアレなどのおかげで開錠高い人は大抵美術も高い。ちょっとションボリ。

ちまたで噂の超近距離交易を色々。
スキルは工業、食料、酒、香料、繊維、織物、工芸、嗜好品の各取引平均5
社交15、会計9です。ブースト込みですよ勿論。
ロンドバ、カレダム、ボルナン、パルバル、アドリア(リスオポはいい相場にあえず見送り中)とやってみましたが
これは…眠い…
星人プレイ以上の眠さなので1時間がいいとこですね、できても。
発注書使わない場合、購入量もどんどこ減るので1時間でやめ、と区切ってもいいのかもしれません。
利益は相場がそこそこな場合、アドリア交易がトップでしょう。
アンコナにイングランドの影響度が多少あるのも影響しているでしょうが、ガラス細工と羽毛の利益が大きいです。
ヴェネチアンなら織物も生かせる&値切ふっかけが強力ですから儲け手段としてはかなり強力です。
しかし相場が不安定な品が多いので、瞬間最大風速はトップですが、
そのタイミングに出会えるのはかなり稀になるのではないでしょうか。
カレダム、ボルナンは安定していますね。
パルバルは満載したところで売り場探しをしなければいけないのですが、
それがむしろ気分転換にいいかと思われます。近距離交易、というのともちょっと違いますかねこれは。
自国であることもありますがロンドバはなかなかあなどれません。
一回の利益は最も少ないでしょうが、相場がそれほど乱高下しない品&常に宝石暴落気味のロンドン、という要素が
買い相場130%くらいでも利益を出せると言う結果を出しています。
相場によってプリマスなど混ぜるとさらにおいしいです(ラベンダー!)
色々やってみましたが、基本はやはり自国ですね。
儲けもさることながら会計の上がり方が全然違います。
会計が高ければ他国領地でもそこそこ大きな利益を叩き出せるわけですから、
まずは自国の有利点を生かし切る、というのが大切なように思います。

とか言ってますがロンドバだのカレダムだの妙にキャッチーな言葉を使ってみたかったのが8割です。
誰だ最初にこれ言ったのは。
posted by 日商岩井 at 17:49| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月03日

カリカットにて

仰げば、尊し・・・

miwa.jpg


ganca.jpg 似合わなくもない、と思うのです。


tiger.jpg 実はかぶってみたかったのです。
posted by 日商岩井 at 15:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月09日

画家たちの俺UMEEEEEEEEE

長い事ほったらかしてましたが何事もなかったかのように再開。
老婆マリアのままほったらかしてすいません。

大航海時代頃まで、絵画というのは基本的に教会、権力者のためのものであり、画家たちが描きたい物を描きたいように描く、ということはありえませんでした。けれど仮にも絵筆を握り、描くことを生業にしていた人間たちの強大な自意識など、どんな権力者も思想も、完全に封じ込めることなどできません。表現欲を抑圧されていることすら無自覚なまま、画家たちの欲望と自意識は作品の細部へ宿っています。

まだ写真がなかったころ「本物そっくりに描ける」ことは畏敬の対象になりうる事は十分に想像できますね。特にキリスト教社会では万物は神の作品であり、その神の作品そっくりのものを、キャンバス上にとは言え、再現できるということは、現代とは比べ物にならないほどの尊敬を集めたことでしょう。

私自身は絵を描きませんが、多少なりと心得のある人が、描いたものを「うまい!」「上手!」と評価されることは大変に嬉しい蜜の味でしょう。ましてやそれが自分でも難しいものをうまく描けた、と思っているならなおさら。

こうして表現者たちは、細密な難しいお題を一生懸命描こうとします。
水、ガラス、光、髪の毛、服のしわ、ししゅうの質感、しわの寄った紙…
テクニカルなコモノをたくさん絵の中に織り込み、無自覚な腕自慢大会になっているのもバロックを頂点として、ルネッサンス後半からロココあたりまでの特徴です。
その後は写真が登場しますから、むしろこのへんがハイライトですね。

現代で言えばハイクオリティCGがやたらと髪の毛なびかせたりするのと同じと思ってよいでしょう。もちろん現代美術でもスーパーリアリズムのようなジャンルがありますが、写真を見慣れた鑑賞者たちには、ただ「本物そっくり」では驚いてもらえません。なにかひとひねりが必要です。けれどこの時代はそんなひとひねりなど必要ないわけですから、ただもうとにかく細密にそっくりに本物みたい!だけを追求する画家たちの「俺UMEEEEEEE!!!!!」を細部に見つけ出して楽しむ事ができるのです。この視点で作品を見ていくと、巨匠と呼ばれたルーベンスもエル・グレコもラファエロもファン・エイクも人間くさいところが見えてくるようでなかなか楽しいものです。また、このような細密な表現は北方ルネッサンス(ネーデルラント周辺)に多く見られる事から、イスパニアの抑圧からの解放を願う時代の空気が、意識的か無意識か、イタリアルネッサンスという、同じく強大な既存の芸術から脱却しようとあがいていたであろう画家たちの筆に宿ったと見る事もできましょう。既存の表現から、権威から、脱却して自分たちのオリジナルを確立しようとする必死の試行錯誤として見ると、偏執的なまでの細かい描き込みもなかなかアツイものがあります。

ではそんな俺UMEEEEEシリーズの一部をどうぞ。
全て作品の一部分をクローズアップしてあります。

ハイハイ服のしわ服のしわ
siwa.jpg 全図
ヤン・ファン・エイク
「赤いターバンの男の肖像」1433年

ハイハイ魚肉魚肉
fish.jpg 全図
アドリアンセン
「Still-Life with Fish」(日本語題失念)1660?年

ハイハイ金属金属
coin.jpg 全図(妻の目つきが最高)
マセイス
「両替商とその妻」1514年

ハイハイガラスガラス
glass.jpg 全図
ベラスケス
「セビーリャの水売り」1623年

ハイハイ編み目編み目
amime.jpg 全図
カラヴァッジオ
「果物」1596年(果物かごだけの絵 ★7)

ハイハイ刺繍刺繍
sishu.jpg 全図
ルーベンス
「サムソンとデリラ」1609年

ハイハイ巻き毛巻き毛
makige.jpg 全図
デューラー
「聖ヒエロニムス」1521年


※11/13 全図を追加。
posted by 日商岩井 at 01:33| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月23日

老いた聖女

老いた聖女

「老いた聖女」★6
請負場所:セビリア
必要スキル:探索3 美術5 イタリア語
発見物:マグダラのマリア
作者:ドナテッロ(ドナテルロ)

なんかこのクエ出にくい?ですね。
商会メンに出たというので紹介してもらいました。

dona1.jpg


こればっかりは見ていただきましょう。
変わった、どころの騒ぎじゃないと思います。

dona4.jpg
はだしのゲンを思い出しちゃった人は挙手 ノ

マグダラのマリアはかつて娼婦でキリストに出会って改悛し、その後は祈りに人生を捧げたとされる人物です。一説にはイエスの妻であったとも言われます。真実はわかりませんが聖母以外ではイエスに最も近かった女性であることは間違いないようです。だとしたら夫と救世主であるイエスを同時に失った彼女の悲しみはいかばかりか。ドナテッロは何を思ってこの像を作ったのでしょう。少々悪趣味な域にまで克明に表現されたこの嘆きの像は、見るものを生理的な感情の渦にたたきこみます。だってどきっとするでしょう、こんなの見たら。

dona2.jpg
普通ならね。

マグダラのマリアは娼婦であったという言い伝えからも、美術作品では大抵、肉感的官能的な女性として多く描かれています。いやむしろエロくてきれいでハアハアな女性を描くには、このマグダラのマリアかヴィーナスを描くしかなかったくらいです。マリア、とついた作品でエロ風味があったらマグダラのマリア、なかったら聖母マリアと思って間違いないです。

普通はこう。

ドナテッロは本当に何を思ってこの像を作ったのか…
この作品に限らず、ドナテッロの彫刻はどれもこれも、なんというか音を立てるような感情のうねりを表現することに全ての技術がつぎ込まれているような生々しさが特徴です。巨匠である事は間違いないですが、好みのわかれる芸術家だと思います。

dona3.jpg
ものすごいはしょり方

7つの悪霊、とはまあキリスト教の7つの大罪のことでありましょう。
光栄は娼婦説だなこれは。
マグダラのマリアは聖書での記述と各地の伝承があいまって、色々なエピソードを持っている人物です。
美術作品でも、たくさん描かれています。やはり一番多いのは、埋葬されたイエスの遺体に香油を塗って清めようと墓場を訪れたマリアの前にイエスが復活し「私に触れるな」と告げる復活のメイン場面。このエピソードにより大抵の美術作品でマグダラのマリアは香油の壺を持って描かれます。
またイエスの昇天後は「長い髪を衣服に」=なにも持たず身一つで放浪と祈りの生涯を送ったとありますが、その前に帆も櫂もない小舟で他のイエスの使徒達とともにマルセイユに渡り(帆の破れたバルシャでヤッファからマルセイユまで!)イエスの教えを広めたあと砂漠にこもったと言われています。このときに黒人女性の召使(マグダラのマリアの娘説もあり)が同行し、彼女がジプシーの祖になったとか。今でも南フランスのサント・マリー・ド・ラ・メール(意味は聖なる海のマリア達)はジプシーの聖地とされ、このマグダラのマリア伝説を彷彿とさせるようなお祭りもあるそうです。

と、まあこんだけエピソードてんこもり、この時代にも沢山描かれたマグダラのマリアなのに、クエで見られるマグダレーナはこれだけ…(多分)でも確かにマグダラのマリア作品群の中で群を抜いて印象的なのはこれだろうなあ…
posted by 日商岩井 at 17:55| Comment(1) | TrackBack(0) | クエスト ★4〜6 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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